Frederic Harrison

Martha S. Vogeler, Frederic Harrison: The Vocations of a Positivist (Clarendon 1984) の前半部。ロンドン実証主義協会の2代目会長の、たぶん唯一の本格的伝記。評伝としては他に Twayne のシリーズに Harry R. Sullivan のものがあるが、質量ともにこちらが圧倒的。ハリソン自身は上層中産階級の出だが、弁護士として労働組合運動にも深く協力した人で、コントの影響下にある実証主義哲学は、とくに1870年代には、労働運動の現場とクロスしていることになる。ハリソンが、オックスフォードの先輩で、イギリスでの最初のコントの紹介者、Richard Congreve からやや距離をとっていくことについて、サリヴァンなどは、コントの「人類教」のカルト的側面にハリソンがやや慎重だったからではないか、といった見方をとっているが、この本ではそうでもないように見える。とくに、彼がジョージ・エリオットをずいぶんと勧誘して、「人類教」の新たな綱領とか、それを広めるためのエッセイを彼女に書いて欲しがっていたらしいのには興味を惹かれる。
実証主義 positivism というのはあまりに広い概念なのだが、少なくともハリソンのような、体系的かつ宗教的な総合性を帯びた「主義」としての実証主義運動と、ベルナールやゾラのような経験主義的路線をとりあえず区別しなければいけないとうことはわかる。前者はすごく楽天的な全体主義思想なのだが、後者はかならずしもそうではなく、むしろ社会改革の困難さを前にした諦念とも結びつくからだ。日本語で読めるハリソンの活動の記録には、光永雅明論文があります。

周縁からのまなざし―もうひとつのイギリス近代

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