『ドラキュラ』からブンガク

ご恵贈ありがとうございます。『ドラキュラ』を啓蒙的に扱った教科書としてはすでに丹治愛の名著『ドラキュラの世紀末―ヴィクトリア朝外国恐怖症の文化研究 (Liberal Arts)』があり、またまだ本にまとめられていない――恥ずべき事態である――ものとしては谷内田浩正の一連の仕事があるが、それらに比べると、アイルランド自治と飢饉の問題を大きく扱っている点、そしてタイトルにあるように口唇性へのこだわりが大きく違う。書誌のセンスも楽しい。ドラキュラ伯を最後に追い詰めるシーンの「クックリ刀が喉を貫いているのを見た」というセンテンスにしつこくこだわり、そこから同性愛的=口唇的セクシュアリティを導き出す第三章の終盤がとくに印象的。
全体的には id:shintak さんが的確に評している http://d.hatena.ne.jp/shintak/20060429 のでそちらを見ていただけばよい。この本の性質としてあと付け加えるとしたら、方法論の混交性だろうか。丹治本が、新歴史主義的アプローチによって時代イデオロギーを焙り出す、というかたちでかなり一貫した端正さを帯びているのに対して、武藤さんは、現在文学批評に可能なあらゆるツールと、また文学批評という形式が帯びうるイデオロギー的意味を、自己規制せずに使いかつ引き受けるつもりでいる。その意味でこの本は、充実した読み物である以上に教室でのライヴに似ている。実際教えているときには、自分の研究上の方法論だけ純化して教えてりゃいいというものじゃないのだ。わたしは以前武藤さんの編著のさばきぶりを小野伸二に喩えたが、特定の得意技にこだわるよりもいろんなことを自分でやって局面を打開しようとするという意味で、小笠原というべきだったかもしれない。