ある昆虫学者の回想

会議、会議、追試問題作り。
にわとり文庫アントニー・グリン 『イギリス人―その生活と国民性』 正木恒夫訳(研究社、1987)購入。気軽に読めるイギリス人論はいろいろあるけど、いちばん厚みがあるものの一つだろうか。英米文学概論などという授業はこういうものを映像資料を見せながらやる、というのがいちばん好まれるかもしれない。
正木さん――「先生」と呼ぶべき世代の方だが、そう呼ばせてもらったことがないのでやはり「正木さん」だ――は、どうしてらっしゃるだろう。この方について、会ったことがない人に説明しようとしてももどかしいのだが、とにかく外国文学批評というヤクザな仕事に倫理と厳密さをもってあたることができると、わたしに身をもってしめしてくれたのは正木さんである。初めてお会いしたとき、背をひょろっと伸ばして立って「関西の片隅で、シェイクスピアと新大陸などということをこつこつやっていたところ、若いかたがわたしを発見してくれまして」と柔らかく挨拶された様子を、いまでも思い出す。そういえば、正木さんが英語を喋るのもずいぶんと聞いたが、ただの一度も文法ミスを聞いたことがない。真似できないのはそれだけではないが。数年前、年賀状の返事に「退職して、英語と縁が切れました。今後は昆虫観察に生きようと思います。もう会うこともないと思いますがお元気で」とあって、それ以来会っていない。実際、もう会うことはないだろう。あの潔さのいくばくかを、三十年後までに身につけることができるかしら。