Mrs Ellis

Mrs. Havelock Ellis, The New Horizon in Love and Life (A. &. C Black, 1921)。死後出版の論文・講義集で、夫のハヴロック・エリスが編集している。前半が「愛と結婚」、後半が「新たな文明」。後半は社会主義マニフェストというか、いまの語彙でいえばマルクス主義フェミニズムのような議論。最初、正しい結婚生活には性の十分な知識が不可欠だ、みたいな話がずっと続く。レズビアンが夫婦の理想の性生活を語るって、わけわかんねえよ、と思ったが、後に行くにつれて inversion はむりやり矯正すべきでない、といった議論が増えてくる。執筆年代を見ても、理想の結婚論のほうが早く、1890年代に書かれている。ハヴロックも、妻のイーディスも、一夫一婦制の文化的価値を疑わず、それを理想に近づけようとしているのだ。こうして理想的結婚生活を無理やりでも求めるべきだという思いが、彼らの不幸の元だったような気もする。
もっとも注目すべきは、1911年に優生学教育協会で発表された二つの講演、とくに "Eugenics and Spiritual Parenthood" (pp.55-69)。イーディス・エリスは優生学を信奉しているので、「不適格者」は子どもを残すべきではないと主張する。もちろんその「不適格者」には自分のような「倒錯者」も含まれるから、筆は苦い。タイトルの「精神的子育て」とは、こうした不適格者は肉体的には親になるべきではないが、芸術・文化を担うことは(自分のように、ということだろう)できるから、養子をとるとか教育に向かうといったかたちで未来の人類に貢献すべきだ、といった話。倒錯者をむりやり「正常化」すべきではない、と言いつつ、優生学大義をふりかざし続けるという自己否定。もちろん人工授精のない時代の話だから、イーディス自身の出産はどだいありえないのだが、にもかかわらず、不適格者は子孫を残してはならないと執拗に言い続けているのが、なんとも怖い。