シャングリ・ラ

シャングリ・ラ

シャングリ・ラ

日本スリップストリーム文学の力を全開に出した傑作。温暖化が進み、あらゆる政治経済が炭素排出量をめぐって進行する近未来。日本は、炭素排出量にかかる国際税を減らすために東京都心を丸ごと森林化し、人間は巨大な高層空間に移り住んでいる。空中の炭素を固定して金属化し、鋼鉄よりも軽い素材を作るテクノロジーの賜物で、日本はこの技術を独占しているのだ。高さ8000メートルにもおよぶ「アトラス」に住む人々は、ジャングル化してスコールに悩まされる地上に下りてくることはほとんどない。いっぽう、もともとの家を追い出され、しかもアトラスへの居住権を与えられていない「難民」たちは、新大久保を拠点に反政府ゲリラ活動を展開している。職安通の上に何層にも勝手に建て増しされて聳え立つ城砦「ドゥオモ」を本拠にするゲリラの総裁は、少年院を出たばかりの十八歳天才戦闘美少女(ただし胸は薄い)、國子。彼女の育ての母はニューハーフのモモコ、もと柔道日本チャンピオンで、強い。いっぽうアトラス上層では、酷薄な小学生香凛が、炭素税の先物市場を支配する怪物的なコンピュータ・システムを製作。またある秘密の一画では、目の前で嘘をつくものに自動的に酸鼻な死を与える力をもつ高貴な少女、美邦が、毎夜牛車に引かれてこっそりと出歩きながら、側近たちを震え上がらせている……。
東京の不在の中心たる皇居の森の象徴性と、温暖化テーマを組み合わせた力技。主要人物のほとんどすべてが女(含むニューハーフ)で、全員常軌を逸した能力をもつというのも、なんともはや。キャラクターの設定や、オカルト要素はむろん、とにかく600ページまったくトーンダウンせず、ほぼ同じハイテンションで押しまくるところが「マンガ的」。『ナウシカ』に似すぎているとか、展開がご都合主義的だとか、批判しようと思えばいろいろあるだろうが、ねじ伏せてきます。