繁殖場のレズビアンたち

イシャウッドを論じた批評をいくつか読む、あるいは読み直す。あんまり自分の考えていることが見当外れだったり陳腐だったりしないように祈りつつ。昨年は生誕100年で、それに先立って James J. Berg & Chris Freeman eds. The Isherwood Century (U of Wisconsin P, 2001) なんて本も出たが、これは批評としては全然ダメだった。ただ、晩年のイシャウッドにLAで教わって感銘を受けたという人が多く書いていて、そういう意味で空気の感じとれる本だ。いちおう現時点の評伝では、David Garrett Izzo, Christopher Isherwood: His Era, His Gang, and the Legacy of the Truly Strong Man (U of South Carolina 2001) がいちばん厚いし、作者はオーデン論も書いてる人で周囲の友人たちへの目配りも効いていて、行き届いた本、ということになるらしい。
ただここでも、一昔前のスタンダードだっただろう Claude Summers の本でも、先週ここで書いた Down There on a Visit の第二部は扱いかねている感じがある。これはイギリス人とドイツ人の混成チームが、ギリシアの小島で『テンペスト』よろしくゲイの植民地みたいなものを作り、そこに女が訪ねてきて崩壊する、という話なのだが、イシャウッドとしては珍しく純然たるフィクションぽいのでほかの作品と比べにくい上に、どこまで本気で書いてるのかよくわからない。この島の主たるアンブローズはこんなことをいう。
ヘテロセクシュアリティを合法にはできないだろう、最初のうちは……抗議が起こるだろうからね。二十年もたてば、怒りも静まるはずだ。そのあいだはもちろん、プライヴェートにそっとやってる限りは、その種のことは目配せして見逃すってことになるね。そういう不幸な性向の人向けのバーを許可したっていい。はっきり標識をたてないといけないし、警官が入口にいて、外国人がうっかり入ってきてびっくりしないように、そこがどんな場所か教えないとな。ときどき、神経の弱い旅行者が、度肝を抜かれて病院に担ぎ込まれるのはしかたがない。そういう人が世の中にはいること、べつに彼らの罪科じゃないんだから、同情すべきだし、再訓練して治すための科学的手段を探さないといけないのだと説明する心理学者を用意しておこう。……ぼくらが支配すれば、女はいまよりずっと楽しくやれるはずだ。国家の被保護者として、繁殖場で世話をされることになるな。たいがいの女は、人工授精のほうが好きだろう? 彼らが男にほんとうの興味はもってないのはたしかだ――だから、いい男をちゃんと選ぶ趣味がない。男を見る目がないのだよ。女はみんなレズビアンだ」(83)
調子にのって訳したが、こんなエピソードが、全体にリアリスティックで自伝的な小説のなかにひょっこり出てきたら、たいがいの読者はひくよな。アイデアとしても、たんに現状の裏返しにすぎなくてあまり面白くないし、なによりゲイと女の不和というのは、いちばんそっとしておきたいところでもあるし。
いま書いている原稿のどこかに入れようかと思ったが、どこにも入れようがなさそうで癪にさわったのでここに載せておく。