マザー・ハバードきちんとおじぎ、犬もおなじくきちんとおじぎ

昼から両親が鰻を奢ってくれる。胃もたれ

マザー・グースとイギリス近代

マザー・グースとイギリス近代

畏敬する碩学の初の単著。ご恵贈ありがとうございます。現在に続く児童書の概念が、十八世紀の後半から十九世紀初頭にかけて、反革命の保守的論調、それと結びついた動物虐待防止論などとともに作られていったプロセスを追っている。マザー・グースパンチ&ジュディには、それ以前の時代のもっと民衆的・暴力的な要素が残っているから、ここに緊張関係が出てくる。全体の議論の枠組みを見るのには、妖精物語の残酷性を批判する言説を追った第三章がいい。史料の分厚さでは、見世物芸などの「学者動物」を扱った第四章がさすが。
今回初めて知って面白かったのは、第六章で取り上げられる、コヴェント・ガーデン劇場の「オールド・プライス騒動」。1809年秋に二ヶ月以上続いた、観劇料の値上げに反対する観客の騒擾だ。このとき「ポリー、やかんをのっけてよ」や「これはジャックの建てた家」の替え歌が、劇場を非難する観客によって合唱されたのだという。特筆すべきは、この運動が下層階級によるものではなく、劇場の常連だった中流ないし専門職階層のものだったことだ。伝承童謡は、こうした層にとって政治的な抵抗のためのメディアになっていたわけだ。無反省に「民衆」ということばを使ってはあかん、ということですね。第七章でも、植民地砂糖の不買運動という中産階級的な運動に、児童書がはたした役割が論じられている。児童書のもつ野蛮さや暴力性を強調しながら、それに魅せられて言祝ぐのでは全然なくて、そうした要素がいかにコントロールされて政治的な意味を担わされているか、を論じるというスタンスが、すごく冷静です。