Richard Owen

Nicolas A. Rupke, Richard Owen: Victorian Naturalist (Practical Guide Series; 2) (Yale UP 1994)。名著。リチャード・オーウェンという人は、ダーウィンとハックスレーに敗れた、「進化論の勝利の物語」のかませ犬として扱われることが多いわけだが、それがハックスレー自身の語りの反復にすぎないこと、十九世紀なかばの生物学がはるかに複雑で豊かなものであったかを教えてくれてすばらしい。たとえばオーウェン大英博物館に購入した始祖鳥の化石は、フレッド・ホイルとチャンドラ・ウィクラマシンジによって「進化論者をひっかけるためにオーウェンが依頼したでっちあげ」ではないかと推測されているが、オーウェンの購入ポリシーはたんに貴重品の購入、博物館の目玉を作ることであって、直接進化論との関連は意識していなかったのではないか、とか。そもそもオーウェンは(一般に信じられているのとは違って)進化論それ自体に反対したわけではなく、自然選択説には証拠がないと主張した(そしてそれは現在でも正しい)だけだし。オーウェンの考えは、むしろグールドみたいなネオ・ダーウィニストに近い、突然変異説だ。日々のゆっくりとした積み重ねが進化を生み出すという uniformitarianist の発想は、現に種と種のあいだの移行的存在が見つからない以上退けられる。transmutation ということばは、たんに「種は変化する」という意味ではなく、こうして「じょじょに変化する」という意味で使われていた(だから否定されていた)感じのようだ。
オーウェンや彼のパトロン、フランク・バックランドは大海蛇の存在を否定しているが、それが法律家と科学者の権力闘争と位置づけられるのも面白い。法的には「目撃者がいる」ことが根拠になるのだが、生物学者はべつな視点から目撃証言に反論することになるわけだ。
基本にあるのは、この時期の生物学の最大の対立軸が、進化論(あるいは変質論)に賛成か反対かではなく、各生物の特質を、環境に最大限適応した完成品とみるか、生存機能とはべつな形式的整合性を重視するか、という対立だったという視点である。Dov Ospovat の1978年の古典的論文のフレーズでは function or form の対立だ。この場合、宗教的であるのはどちらも同じこと。バックランドのような、キュヴィエの伝統に連なる自然神学正統は、「どの生物もなんとそれぞれの生き方のために完成されていることか、これこそ神の御業である」と考え、機能面を重視する。オックスフォードのクライストチャーチ・カレッジを足場とするこの流れに属する人々は、オーウェンの後援者でもあった。オーウェン自身は中産階級出身だが、彼ら司祭学者の後ろ盾によって成功した人だ。いっぽうロンドンでは、シェリングオーケン路線、ドイツ・ロマン派自然哲学の「すべては一つ」という思想の影響がしだいに強くなってくる。彼らはあらゆる生物(ときには鉱物も)の共通基盤を夢想した。政治的には、自然神学が保守(それぞれのものはあるべき場所に属して動くべからず)の哲学に、ロマン派自然哲学がよりラディカルな思想に結びつくというのは、エイドリアン・デズモンドなども論じていることだ。すべての脊椎動物のもととなる「原型」を提示するというオーウェンの功績は、「原型」を求めるという点でオーケン的=「形式」的であり、しかしそれがあくまで脊椎動物に限定されているという意味では、キュヴィエ的=「機能」的であるということになるのだろう。
「神」がいるかいないかで科学史を分割するやりかたはもちろん意味があるけれど、それは当時の議論をねじまげることになる。むしろ、意志をもった神はいないことが前提となっている現在だからこそ、そうした神がいることが前提とされたときの議論枠が、べつなかたちで浮上したりするのだし。