ナイティンゲールその他

ヴィクトリア朝研究会。Laura Peters, Orphan Texts: Victorian Orphans, Culture and Empire (Manchester UP, 2000) 解題。ちょっと言及されているRose Macaulay, Orphan Ireland(1924)という小説が凄そう。救貧委員会の手でアメリカに送り込まれるはずのアイルランドの孤児たちが難破し、大西洋の孤島に流れ着いて独立国を作る。引率者が独裁体制を作るのだが、やがて孤児たちが叛乱を起こして土地を解放する……。探してみようかな。

ナイティンゲールのインド政策提言についてIさんの発表。けっこう盛り上がる。ムガル帝国系の地主がろくでもないから、イギリスの介入によって「われらが兄弟姉妹」たるインドの農民を解放しよう、という、絵に描いたような善意の帝国主義言説である。おなじくいちどもインドに行っていないインドの専門家、J・S・ミルの発言との比較とか、展開の可能性は有望。若いときは「なぜ女には働く場所がない!」とフェミニスト的に怒っていた人が、後半生はそうしたことを言わなくなるのも興味深い。いっさい公的空間に出ず、自分の部屋で世界中からの訪問者に話を聞き、文章を書きまくっては公の場で男性に代読してもらう(代弁者の役をやらされた連中はけっこう過労で死んでいる)というナイティンゲールのやりかたは、たんに足が悪いとか身体が弱いのが理由なのか。むしろ、ものすごく特殊なかたちで、公共圏に参加する抜け道を作り上げたということのようにみえる。

Charles Reade, Hard Cash 読書会。antiphlogistic medicineということばが気になる。「反フロギストン」だから、熱のある人からは熱を奪えばいいという治療法で、瀉血などに頼る古い医学。これに対してこの小説で活躍する医者嫌いの医者が勧めるのはchronothermal medicine、どんな病気も時間の流れでよくなったり悪くなったりするのだから、余計な介入はするな、という自然治癒力重視の方法だ。この対立、現実にどのくらいあったのか、調べてみたくなる。後半出てくる、ほとんどあらゆる人間を狂気と認定して診断書を書きまくる医者のモデルは、いわゆる moral treatment、精神病者に拘束具を使わない治療で名をあげたジョン・コノリーであるとのこと。正気の人間を病院に送り込んだ過失に問われた裁判で、実際に病院側から報酬をもらっていたこととか、二人の医者が同時に診察していたとか(当時の法律では狂人を強制入院させるには、二人の医師の診断書がいるのだが、診断は別々に行わなければならない)が明らかになる、というくだりは、完全にコノリー自身の裁判に沿っているようである。