アトモスフィア

1年ゼミ『オズの魔法使い』からブリキの木こりの歌、次週に向けてアメリカ西部開拓史など。文学理論「作者の死」。質問票を読むと、まあ自然な話だとは思うが、テクスト論=解釈の複数性を「解釈は読者一人一人ごとに違う」という意味で受けとっている学生が多い。それでは「作者が単独の意味を与える」という議論をたんに人間の数の分増やしただけなわけで、一人の読者のなかにすでに複数の解釈がある、と思って欲しいのだけど。会議、会議。目を離した隙に人間の夕食を犬にぺろりと食べられる。憂鬱。

アトモスフィア (2) (ハヤカワSFシリーズJコレクション)

アトモスフィア (2) (ハヤカワSFシリーズJコレクション)

あらゆる人と物が分身化する世界。西島大介は多様な顔を描き分ける作家ではないので、絵と世界観が完全に一致している。ドッペルゲンガーものかと思いきや、2巻に入ると最終戦争的展開に。「わたし」の影と向き合うという、主体論的な分身物語からすごい勢いで遠ざかってゆく。エンディングはたぶん議論を呼ぶと思うが、否定的に評価する人が多いのじゃないかと。わたしもそう。もうちょいぼかして象徴化してもよかったんじゃないかと……。
いまの西島大介は、あまりに時代と寝すぎていると思う。そういう意味でこれは「傑作未満」と呼ばせてもらおうか。