雌ライオンがいなければ、ライオンは子羊と寝るだろうさ

ものすごく久しぶりに神保町に行ったら、北沢書店が絵本屋さんになっていた。洋書専門店という商売は死滅しつつある。東京堂が店舗改装とともに洋書売場を閉めたのはいつだっただろうか。そのときはショックだったが、いま思えば経営的には100パーセント正しかった。旧店舗の最上階の洋書売場を仕切っていた方は、どうされているのか。わたしが現代思想の紹介みたいな仕事をやれていたのは、半分以上あの方のおかげである。洋書売場の仕入れ担当者というのは、日本文化の黒幕というべき存在だったわけだが、それも昔。
Terry Castle, Noёl Coward & Radclyffe Hall: Kindred Spirits (Cornell UP 1996)。ホールは1880年、カワードは1889年生まれ。1920年代のもっとも著名なレズビアンが、暗く悲壮な雰囲気をつねに漂わせているのに対して、同時期のもっとも売れっ子だったゲイ作家にして俳優は、つねに楽しげでウィットに溢れている。二人の対称性は、そのまま女性同性愛と男性同性愛の通俗的なイメージの対称性につながるわけだが、じつはこの二人は個人的にも親しかったし、同じ空気を吸っていた。ホールの『孤独の井戸』のブロケットはカワードがモデルだし、カワードの『陽気な幽霊』の心霊術には、『孤独の井戸』の直接的影響がうかがえる。分断されて論じられがちなゲイ文化とレズビアン文化の近接関係を描き出そうという試みで、二人の作家の大量の写真もすばらしい。レズビアン文化については長年敬して遠ざけている身としては、耳が痛い。