A Long Way Down

A Long Way Down

A Long Way Down

冒頭は大晦日の夜、北ロンドンの高層ビルの屋上。自殺する気で上ってきた四人が、顔をあわせたせいで飛び降りそこなうところから始まる。マーティンは、元朝のテレビ番組のキャスター。クラブで会って手を出した女の子が十五歳と九ヶ月だったせいで、離婚されて刑務所入り。どこに行っても十五歳ファック野郎と後ろ指だ。モーリーンは、重度障害の息子を十数年面倒見続けているシングルマザー。カトリック教会とケアセンターの職員以外、口を利く相手はいない。ジェスは彼氏にふられたばかりのいかれた十八歳。あとで家庭もやっかいな問題を抱えているとわかる。JJはアメリカ人ロックシンガー。ビッグになれないとわかってバンドを解散したばかり、いまはピザの配達人だ。四人それぞれが語り手となって、この「自殺バンド」がどたばたと生き延びていくさまが語られる。ホーンビー節、醒めたコミックスピリットは健在だ。
ホーンビーの小説家としての偉大さは、物語を進行させようもないようなキャラクターを主人公にして物語を成立させたところにあると思う。いや実際、現実のわれわれのほとんどはドラマの主役になどなりえないキャラなのだし。『アバウト・ア・ボーイ』の主人公はそうした不活性さを極端に進めた存在で、彼女にまで「生き延びてることが奇跡」と言われるような男だ。べつに人生の目的もないし、真剣な恋愛をするわけでもないし、ただぶらぶらしてるだけ、ドラマが生まれようもない奴だ。『ハイ・フィデリティ』の主人公だって、あそこまでひどくはないが似たようなもの。それでもちゃんと長編小説ができあがっているのがすごい。もちろんこういうキャラの脇には、物語を動かす存在が誰かいないと困るわけで、『アバウト・ア・ボーイ』はそれを子どもにして成功した。How to Be Good に戸惑った読者が多かったのは、皮肉をつきまくるくらいしか取りえがないおよそ非ドラマ的なキャラクター(あなたやわたしのような男)が、突如いい人になって、物語を動かす側に変身してしまう、のについていけなかったからだろう。
で、今回どうかというと、じつはジェスというのがめちゃくちゃキャラなのですね。他の三人の展望が開けないなかで、ジェスのきちがいじみた突っ走りが物語を進めている。そのぶん話はすごくなめらかに進んで、楽しく読めるんだけど、ちょっと作者はひよったのじゃないの、と言いたい気もする。いやまあ、ホーンビーには期待が大きいので。
すてきな台詞が例のごとく満載。いちばん好きなのは、JJの昔仲間がいうこれかな。"Yeah. I knew you wanted to kill yourself. But I didn't know you felt so bad that you wanted to patch things up with us. That's this whole different level of misery, way beyond suicide."(298)