葉蘭をそよがせよ

DVD『理由』。聞きしに優る無茶映画だった。旅館「片平ハウス」のプレハブにしか見えない建物と、高層マンションの対比が印象的。東京の西側に住んでいると、郊外的なものと下町的なものはとりあえず分離しているような錯覚に陥るのだが、むろん荒川や江東区では両者は交じり合っているのだ。焼け跡と郊外的なものはごく近しい。それをいうなら吉祥寺の駅前も似たようなものか……。どうでもいいが、中江有里の丸メガネはまったく似合っていないと思う。

オーウェル『葉蘭をそよがせよ』(1936、高山誠太郎訳、晶文社1984)。とにかくひたすら金がない、金がないと言い続ける話で、だから中盤までは火、水、木曜日しか描かれない。主人公の勤める古本屋の週給2ポンドが出るのは金曜で、手元に1シリング硬貨すらなくなり、煙草も買えずパブに誘われると困るから友人にも会えない状態ばかりが続く。ウィークデイとは悲しいことばだ。金がないからむやみと歩くわけで、カムデンタウンの北側からウオータールー・ブリッジを渡ってトラファルガー広場まで行ってカムデン・ロードに戻ってくる、ってつまり環状線内を南北に往復しているということだよな。まあたいした距離じゃないか。しかし小説の中ほど、恋人と二人でバスに乗ってスラウの西までハイキングに行く、初めての日曜日のシーン(明らかに『居酒屋』のハイキングのシーンを意識している)では、「二人はロンドンを歩くのに慣れているだけなので、たいして歩かないうちに息が切れてきて、最初の三十分間、ほとんど話をしなかった」(p.162)のだった。ああ!